コラム Column

悠々読書記

「厭世」ってみんなは読める?<厭世フレーバー>小説

2016年01月11日 執筆

厭世フレーバー

作者:三羽省吾
出版社:文藝春秋(文春文庫)

「厭世(えんせい)」読めませんでした・・・
そんなわけで、辞書で調べてみることに。

「世の中を疎ましく思うこと」や
「生きているのがつらいと思うこと」
という意味があるそうです。

読み終わってから意味を調べたのすが、
あぁ、なるほど。確かにそんなお話だったな、と。

一人称で描かれたこの作品は、
5話で構成されていました。

十四歳 ケイ
十七歳 カナ
二十七歳 リュウ
四十二歳 薫
七十三歳 新造

各章に年齢とタイトルがついています。
各章ごとに、このタイトルについている人物の視点で
物語が綴られていきます。

特に第1章は反抗期真っ盛りの中学生男子なので、
文体がかなり砕けていて、
おやおや・・・と思うのですが、
それぞれの章の人物像を表現するために
わざとそうしているように感じました。

一つの家族のお話なのですが、
それぞれの視点で描かれることで、
この家族の問題や心情が順番に明らかになっていきます。

1章を読み進めていくごとに
だんだんと立体的になっていくような、
謎がほどけていくような、
そんな面白さがありました。

ある人から見ると三角であり、
ある人から見ると丸であった形が、
それらを総合してみると、円すい形であったような
そんな感じです。

それぞれが目の前の出来事に対して
自分勝手にいら立ちや焦りや責任感や
無力感などを感じている様は
まさに、人を描き出しているように感じます。

第三者から見ると大したことないようなことでも、
本人にとっては大事件で
どうしようもなくもがき苦しんでいることがあります。

一言、その不安や疑問を伝えてしまえば
簡単に解決しそうな事柄でも、
それを口に出すことができないために
こじれていってしまうこともあります。

本書で描かれている須藤家は
かなりイビツに形成された家族です。
それぞれが、そのイビツさのを肌で感じながらも
その全景は見えていない。

そのイビツさが「厭世」を生んでいるんだけど、
あくまで「フレーバー(風味)」なのです。

2015年12月12日 読了

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